70年代研究所

70年代~80年代!あの時代にタイムスリップ!

浜田省吾のブレないON THE ROAD!

今回は、70年代からずっと骨太のロックと秀逸なラブソングを聴かせてくれている、浜田省吾さんを研究いたします。

 


生まれたところを遠く離れて

 

●浜田省吾(1952年12月29日~)シンガーソングライター。

広島県竹原市生まれ。神奈川大学法学部中退。1974年、吉田拓郎のバックバンド「愛奴」のドラムス・パーカッションとして全国ツアーに参加。1975年、シングル「二人の夏」、アルバム『愛奴』でレコードデビュー。1976年に脱退後、シングル「路地裏の少年」、アルバム『生まれたところを遠く離れて』でソロデビュー。1979年、5thアルバム『君が人生の時…』1980年、6thアルバム『Home Bound』、1981年、7thアルバム『愛の世代の前に』リリース。1982年、日本武道館での初コンサートを開催。ライブ・アルバム『ON THE ROAD』を発売し、初のトップ10入りを記録。1982年、6thアルバム『PROMISED LAND 〜約束の地』リリース。1986年、2枚組アルバム『J.BOY』が初のオリコン・アルバムチャート第1位に。90年代以降も、日本ミュージックシーンのビッグアーティストとして、ライブを中心に活躍。マイペースにその地位を確立しています。

 

 
ON THE ROAD 

 

大学生の頃、浜田省吾をよく聴いていました。ライブ・アルバム『ON THE ROAD』が1982年に発売され、そのB面がほんとに好きだった。

 

「独立記念日」

教室じゃ俺いつも窓の外を見てるだけ
いかれたクラスの奴等の話など上の空
単車 ディスコ 喧嘩 煙草 街頭(まち)の女達
退屈で死にそうな授業
Highschool Jail Highschool Jail
今すぐ走り出したいのに
止まれと言われ 歩けと言われ
転んだだけで見捨てられて


「反抗期」

ボストンバッグにラジオと着替え押し込み
退学届けと手紙ポケットに入れて
今夜お前は世界を相手に戦い始める
ティーンエイジブルー

寒さしのごうと映画館のドアを開け
ジェームスディーンの横顔見ても
もう以前のように熱くなれない
ロビーで煙草ふかすティーンエイジブルー

息がつまる程 愛に満ちた家
泳ぎ出さなきゃ 溺れそう

 

「東京」

路地の裏で少女が身を売る
少年達は徒党を組んで獲物を探す
プールサイド 寝そべる金持ち
真夏の街を仕事探してさまよう人
いつまで君 持ちこたえられる
壁のむこう軋むベッド
床の下でフルヴォリューム TVがわめく
東京 俺をねじまげないで
東京 あの娘を引き裂かないで
高速道路の下で生まれて
地下鉄の上で死んでゆく
東京 昨日を飾りたてないで
東京 明日を塗りつぶさないで
東京 TOKYO 東京


社会に対する疑問。支配されることを拒む反体制的な気分。自分がまだ何者なのかもわかっていない、ここじゃないどこかへ走り出したい若者の心にグサグサ突き刺さったのです。こういうメッセージソングは、後の尾崎豊に受け継がれていきますね。尾崎もハマショーに憧れて、浜田省吾の個人事務所「Road&Sky」に入り、音楽プロデューサーは須藤晃、ギタリストは「愛奴」の町支寛二と、浜田省吾ゆかりのスタッフに支えられてデビューしました。尾崎の「卒業」を初めて聴いた時、ハマショーのデビュー曲「路地裏の少年」が頭に浮かんできたものです。


「路地裏の少年」

真夜中の校舎の白い壁に
訣別の誌 刻み込んだ
朝焼けのホームに
あいつの顔 探したけど涙で見えず
「旅に出ます」書き置き 机の上
ハーモニカ ポケットに少しの小銭
さよならの意味さえ知らないで
訳もなく砕けては手のひらから落ちた
あれは おれ16
遠い空を憧れてた路地裏で

 


路地裏の少年

 


ちなみに浜田省吾の音楽事務所「Road&Sky」には、スピッツ斉藤和義、そしてなぜかサッカーの三浦知良も所属しています。代表取締役は「愛奴」の元ベーシスト・高橋信彦。ずっと一緒にやっているギターの町支寛二もそうだけど、昔からの仲間を大切にするのも、ハマショーの素敵なところですよね。

 

血気盛んな若い頃はメッセージソングの方に惹かれていましたが、浜田省吾はラブソングの名手でもあります。
愛奴の「二人の夏」「恋の西武新宿線」や、「いつかもうすぐ」「今夜こそ」「恋に落ちたら」「バックシート・ラブ」とか、当時は好きだったなぁ。

 

大学時代のキャンパスを舞台にしたラブソングもあって、

「愛のかけひき」いつも 君を見てた キャンパスの芝生の上で。
「キャンパスの冬」 キャンパスの冬は いつも灰色で ゆうべの争いの跡が 雨に流れる どうしてあの娘は クラスにでてこない あの時学生課で 見かけた以来。

など、1976年の作品とかも遡って聴いていました。当時は知らなかったけど、ハマショーと自分は同じ大学なんですよ。しかも学部や学科まで同じw もちろん世代が違うので、ハマショーが入学してから10年後に自分は入学したので、接点のかけらもありませんが。でも小さな大学だし、「キャンパスの芝生ってあれか!」とか、その事実を知った時は思ったりしました。昔ってインターネットがないから、いろんな情報にみんな疎かったんですね。まさか大学時代にあんなに聴いていたハマショーが、昔同じ大学に通っていたなんて。

 

ちなみに、浜田省吾が入学した1972年の神大は、学生運動真っ只中。デモやロックアウトやストライキなど、荒れた時代。僕が入学した1982年ですら、少数ではあるけど学生運動家はまだいて、ヘルメット姿で学内をデモをしているのを見たことがあります。

 

大学時代と言えば、1985年によみうりランドの特設野外ライブ会場で「ON THE ROAD '85」をやっていました。チケットが手に入らなかったのか、買う金がなかったのか忘れましたが、とにかくチケットがなくて、でも観たくて聴きたくて。チケットもないのにクルマに当時の彼女を乗っけて、よみうりランドまで行ったんですよ。それで、それこそ丘の上から盗み見しましたw すみません。なんだか知らないけど、そこからはちゃんと観れたしバッチリ聴こえたんです。「みんなに今夜聞きたいことがあるんだ。ロックンロールは好きかーい?」のMCまでバッチリw

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今回は、偉大なるシンガーソングライター・浜田省吾さんを研究してまいりましたが、会ったこともないので、その素顔には迫れませんでした。

 

しかーし、僕の友達に、会ったことがある女がいます。最後にその話をして終わりたいと思います。もう20年くらい前ですが、ヘアメイクをしているその友達と喋ってたら、

「そう言えば私、こないだ浜田省吾のヘアメイクしたんだよ」と言いました。え、マジで!どんな人だった? 

「スチールの撮影だったんだけどさぁ、浜田省吾さんだけじゃなくて、バンドのメンバーのヘアメイクもお願いされてさぁ」 うんうん。

「バンドのメンバーが来てヘアメイクして、次の人が来てヘアメイクしてってやってたわけ」 うんうん。

「そしたらスタッフがもう終わりですって言うから、え?浜田省吾さんはしなくていいんですか?って聞いたのね」 うん。

「そしたらさぁ、は?最後から2番目の人が浜田省吾さんですよ。だってw」 えーっ!? なんでわかんねぇんだよ‼ あんたハマショー聴いてるだろ!! 

「だってサングラスしてないし! 俺がハマショーだ!主役は俺だー!みたいなかんじがまったくなかったからw お願いしまーすって入ってきて、特に注文もなく、ありがとうございましたーって出て行った」 あー。やっぱ人間が出来ているというか、いい人なのね。

「そう。その後しゃべったけど、ほんといい人だった。芸能人ぽさがまったくなくて、気さくで素敵な人」。

 

ロックが好きで、ラブソングが秀逸で、いつの時代もブレのない生き様。キャリアにおいて横道にそれたり、曲がったことをせず、堂々と自分のON THE ROADを駆け抜ける浜田省吾。やっぱかっこいいよなぁ~!

 

 


愛奴

 

君が人生の時…

 

 

Home Bound

 

 

愛の世代の前に

 


PROMISED LAND 〜 約束の地

 

"J.BOY" 30th Anniversary Edition(完全生産限定盤)(2CD+2DVD)

 


Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター (Deluxe Edition)

 

 


僕と彼女と週末に (DVD) 

 

 

 

 

 

 

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