70年代研究所

70年代~80年代!あの時代にタイムスリップ!

神曲!「タイムマシンにおねがい」は日本ミュージックシーンの至宝である!

サディスティック・ミカ・バンドが1974年10月5日にリリースした3枚目のシングル。

「タイムマシンにおねがい」

作詞:松山猛      作曲:加藤和彦

 

数々のカヴァーもされている名曲ですので、若い人たちでも聴いたことがあるでしょう。こんなにキャッチーでゴキゲンで、ポップな曲があるでしょうか。楽曲の秀逸さに負けないチャームなボーカル&演奏の素晴らしさで、奇跡の神曲となりました。

70年代研究所が選ぶ「70年代最も偉大な日本のロック神曲」第1位

の称号を捧げます! ローリングスーン誌が選ばないと、まったく意味はないですが、それでも差し上げてしまうのであります!

 


サディスティック・ミカ・バンド(Sadistic Mika Band)は、1972年デビュー。

メンバーは、加藤和彦(ギター・ボーカル)を中心に、入れ替えはありますが、こんなかんじです。

加藤ミカ(ボーカル)
高中正義(ギター)
小原礼(ベース)
高橋幸宏(ドラムス)

つのだ☆ひろ(ドラムス)
今井裕(キーボード・サックス)
後藤次利(ベース)

 

ザ・フォーク・クルセダーズで一世を風靡するなど、当時の音楽シーンをリードしていた加藤和彦(トノヴァン)。そんなトノヴァンの大ファンだったミカが、強烈なアプローチの末、結婚。一緒にバンドをやろうということになります。

あるインタビューでミカは、バンド結成時のエピソードを、およそ次のように語っています。

「家でお魚を料理していたら、電話が鳴ったのね。それで包丁をまな板に突き刺して電話にでたの。それを見たトノヴァンが“これは非常に残酷な景色だ”と言って、サディスティック・ミカ・バンドというバンド名になったの。正面切ってシリアスなバンドをはじめたら、失敗したら恥ずかしいでしょう。じゃあミカの名前を使っちゃえばジョークバンドで終わっちゃう。そういう理由もあった。もちろんプラスティック・オノ・バンドのパロディというのもあった」

 

プラスティック・オノ・バンドとは、ビートルズ解散直前の1969年にジョン・レノンとオノ・ヨーコを中心に結成されたバンドです。

 


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しかもなんと!

このプラスティック・オノ・バンドと、サディスティック・ミカ・バンドは、その後ライブで共演しております!

それは1974年8月10日。当時日本最大のロックフェスティバルと呼ばれた「ワンステップフェスティバル」。福島県郡山市の開成山公園で行われました。

ヨーコ・オノ&プラスチック・オノ・スーパー・バンドとして、内田裕也、沢田研二、井上堯之バンド、上田正樹、キャロル、トランザム、外道、四人囃子、センチメンタル・シティ・ロマンス、シュガー・ベイブ、サンハウス、かまやつひろし、クリエイション、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、つのだひろ、はちみつぱい、めんたんぴん、りりぃ、あんぜんバンド、イエロー、ウエスト・ロード・ブルース・バンド、らとともに、サディスティック・ミカ・バンドも出演したのであります。

しかしこれ、ジョン・レノンは不参加もしジョンも出演していたら伝説でしたね。

 

 


そんなわけで、話は戻ります。加藤夫婦により、ゆる~く結成されたサディスティック・ミカ・バンドは、凄腕のミュージシャンを集めて音楽活動を開始。1973年、ファーストアルバム『サディスティック・ミカ・バンド』を発表します。

 


SADISTIC MIKA BAND

 

この頃についてミカはこんな風に語っていました。

「ファーストアルバムは、(高橋)幸宏とか、高中(正義)とか、みんなで寄ってたかってアイディアを出し合って作っていった。でも、私は自分の好きな曲じゃない時はスタジオに行かなかったりしてた」

発売されたアルバムは、ビートルズやピンク・フロイドを手掛けたイギリスの音楽プロデューサー、クリス・トーマスの目に留まり、彼がセカンドアルバムのプロデュースを手掛けることが決定。

ミカ曰く「日本の音楽の歴史の中で、初めての大物外国人プロデュースでしょう。レコード会社も急に真剣になって、メンバーも勤王の志士みたいに、僕らが頑張らなければ! 日本の音楽シーンを変えるんだ! みたいになった」

クリス・トーマスプロデュースによるセカンドアルバムは1974年11月5日についに発売。

 

『黒船』サディスティック・ミカ・バンド


黒船


日本のミュージックシーンの新しい夜明けぜよ! この歴史的名盤『黒船』に収録されているのが、「タイムマシンにおねがい」なのであります! 

『黒船』はイギリスやアメリカでも発売。1975年には全英ツアーも敢行します! 当時の日本のバンドとしては前代未聞、奇跡的な偉業です! ライブでも、その演奏力の高さと、ミカのパフォーマーとしてのアートな世界(ステージ上で編み物をしたり、ポラロイドカメラで観客を撮ったり)で、イギリスでも絶賛されました。


日本でも逆輸入のかたちで話題沸騰! まさに「さぁこれからぜよ!」と、飛ぶ鳥を落とす勢いのサディスティック・ミカ・バンドですが、その年(1975年)11月に突然の解散! このまま続けていたら日本のミュージックシーンは違う景色になっていたはずなのに、残念でなりません。

解散の原因は、加藤和彦・ミカ夫妻の離婚です。イギリスツアー中に、ミカとクリス・トーマスが恋愛関係になっちゃたんですね。これもスゲエ話です。自由だなぁ。その後、クリスとは結婚しないまま数年で別れたミカ。そのままロンドンに在住して、福井ミカとして料理研究家になっています。もう包丁をまな板に突き刺したりはしてなさそうですね(笑)。

 

 『サディスティック・ミカ・バンド ライヴ・イン・ロンドン』


サディスティック・ミカ・バンド ライヴ・イン・ロンドン

 世界進出のパイオニア、サディスティック・ミカ・バンドが1976年に発表したライヴ・アルバム。ロンドン・ウェンブリーでの歴史的名ライヴを収録。 

 

 


さて、解散してしまったサディスティック・ミカ・バンドですが、これまでに3度、ミカに代わるゲストボーカリストを迎えて再結成されています。

 

松任谷由実
Sadistic Yuming Band。1985年。、国立競技場で開催された国際青年年の記念音楽イベント「All Together Now」の為、一夜限りの結成。バンドメンバーには坂本龍一も参加。


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こちら85年ではなく、1996年、ユーミンとミカとの夢の競演! ミカのことを「ずっとあなたに憧れていた」と語り、「タイムマシンにおねがい」をデュエット。

 

 

桐島かれん
Sadistic Mica Band(Mikaのスペル変更)として1989年、きちんとした再結成。アルバム『天晴』も発表しました。シングル「Boys & Girls」はオリコン13位のスマッシュヒット。


天晴

 

 

木村カエラ
Sadistic Mica Band Revisitedとして2006年に再々結成。アルバム『NARKISSOS』を発表。その時の英語表記はSadistic Mikaela Band。


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フロントメンバーの加藤和彦さんが2009年に逝去された為、もう再結成されないのが残念でなりません。でも、作品は永遠です。近年も、高橋幸宏小原礼のミカバンドメンバーをバックに「のん」がカヴァー。話題になりましたね。

 


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半世紀近く経っても色あせない神曲!「タイムマシンにおねがい」はこれからも未来のアーティストたちに歌い継がれていくことでしょう。

 

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